【あらすじ】
何の感動もない退屈な日常を繰り返していたOLの小山はるか。
ある時、部長の付添で訪れたデパートの備前焼の展覧会に何げなく立ち寄る。
それまで陶芸に興味さえなかったハルカだったが、1枚の大皿に心を奪われてしまう。
衝動を抑えきれず、大皿の作者である「若竹修」の名前だけを頼りにはるかは単身、備前焼の本場である岡山県備前市へと旅立つ。
【みどころ】
『週刊漫画TIMES』で2011年1月~2012年2月まで連載された業界初の備前焼マンガ。連載終了後には 岡山芸術文化賞功労賞を受賞。1巻ごとに備前焼の各工程をテーマとした構成。
陶芸をテーマとしたマンガはかつてNHKでドラマ化された『緋が走る』が思い浮かぶ。本作も女性陶芸家を主役とした作品だが、無名とはいえ陶芸家の父を持つ『緋が走る』の主人公とは違い、大家族の一般家庭で育ちこれまで陶芸とは縁もゆかりもなかったというバックボーンが大きな違い。このため、読者は主人公のハルカと同じ目線で備前焼の世界に触れていくことができるのだ。
都会での安定した生活を捨て、展覧会で何気なく目にした作品に心奪われたハルカの行動は、一見よくあるOLの自分探しの旅に見えなくもない。実際、後にハルカの師匠となる若竹も最初は弟子入りを願うハルカに取り付く島もないほど突き放した態度を取る。が、おそらくOL時代には発揮されなかっただろう粘りで若竹に付きまとい、さらには備前焼の世界では知らない者はいない巨匠・榊の協力も得て若竹に弟子入りすることに成功。見習いではあるが弟子として働くことになった。
1巻は『プロローグ~土(土練り)編』、2巻は『成形(ロクロ・地域職人)編』、3巻は『焼成(窯)編』という構成。丁寧に描かれた一つ一つの工程、そしてハルカを取り巻く人間模様も合わさり物語に深みを増していく。全3巻と既に完結しており、読みやすい長さなのではないだろうか。
土練り3年、ロクロ6年。人並みな作品が作れるようになるまで、そしてそれ以上のものを作る道のりは果てしなく遠い。釉薬を一切使わず、土本来の持ち味を生かした備前焼は陶芸界の中でも特殊だ。派手さはないが、素朴で飽きがこない。何よりも同じ模様は一つとしてない。ハルカが挑むのはそんな世界だ。
筆者がこの作品に出会ったのは、毎年秋に開催される備前焼祭りの時だった。備前焼伝統産業会館で様々な作家の作品がずらりと展示されていた備前焼の中に、業界初の備前焼マンガというキャッチコピーで紹介されていたのだ。その時はへえと思った程度だったが、いざ作品を手に取り読んでみると、陶芸の世界に惹きこまれてしまった。
素人同然だったハルカの成長、そして備前焼の奥深さを伝える丁寧な描写。芸術の秋にふさわしい良作をぜひ多くの人に読んでもらいたい。
【作品データ】
・作者:原作・原案/ディスク・ふらい 作画/西崎泰正
・出版社:芳文社
・刊行状況:全3巻