声変わりしたい、恋もしたい、でも本当は……。『狼になりたい!』は豪華で繊細な短編集!

高校1年になってもまだ声変わりをしていないよしお。見た目はデカい図体でニキビ面の、いかにもイカツイ怒号を張り上げそうな風情なのに、どこに行っても女声を聞かれた途端にからかわれる。一方、親友のケンはチビで弱虫なくせに、よしおよりも先に声変わりをして、これまた虚弱で気弱そうな見た目に反したオッサン声なのが悩みだった。

ある時サッカー部に入部することに決めたよしおは、ケンも誘ってみたが、頑なに拒否されてしまう。無理強いするものではないので1人で入部したものの、小学生の頃以来やっていないサッカーを身体がなかなか思い出せず、苛立ちや嫉妬心など、モヤモヤした感情が渦巻くばかりで……?

本作は、表題作である『狼になりたい!』が前後編で収録されているほか、後半は連作のような感じで、作家や劇作家たちをめぐる『ひょうのなみだをすててきた』『99まで数えて駄目なら』『ぼくの隠れ家へようこそ』『オーライ、オーライ、』の4編も読むことができる、架月弥の初期作品集だ。

『狼になりたい!』では、男子高校生の平凡な学生生活や部活を通して、さまざまな青春の葛藤を描き出している。全体的にはまだ声変わりをしていないという主題や恋愛っぽい雰囲気を置きつつも、それぞれのキャラクターが自分は周囲からどう見られているのかを考えたり、変わりたいけど変えられない自分の内面やマイナス思考への劣等感を持っている様子が見られる。さらによしおは、家で飼っている金魚の群れの中にいじめられている1匹を見つけて、それを誰かと重ねてみたりもして。

後半作品群では作家や劇作家という、別の社会人が主人公になって物語が綴られていくが、誰もが持っている妬みや憧れ、自虐や理解しているからこその反発など、高校生では出せない大人な心境も描かれる。いずれにしろ、恋愛系少女漫画であるのに主人公は男で、しかも女性キャラクターは数人しか登場しないのがかえって新鮮だ。その分、登場する女性は印象的で、重要な立ち位置にあると言える。

誰でも悩みはあるし、知られたくないこともあり、自分の気持ちを勝手に決めつけられてムカつくこともあるだろう。それに、指摘されたことが図星だからこそ何も言い返せない悔しさや、自分への情けなさも持っていると思う。そういう人間らしい部分に、まったく説教臭さを感じさせずに目を向けさせてくれるのが本作の魅力のひとつとも言えるのだ。

高校生の方を見ると「青春だなぁ」と感じるし、社会人編を見ると「大人も大変なんだよなぁ」と思う。まったく悩みのない人間などいないし、完全無欠の立派な人間だっていない。ただ、自分の持っていないものを持っている相手を羨んだり妬んだり、自分が何もできないと思い込んでふさいでしまうのは、本当はとても当たり前で人間らしいのだろう。何か壁にぶつかったり、自分がみじめに感じたりしたとき、本作を開いてみると、読後にはどこか清々しい気分に変わっているのではないかと思う。

【作品データ】
・作者:架月弥
・出版社:ビーグリー
・刊行状況:全1巻