【あらすじ】
西暦2599年。火星のテラフォーミングが進行し、その地表は一面の苔とある生物で覆われていた。そして地球からは選ばれし若者達が有人宇宙船『バグズ2号』に搭乗し火星へと向かう。それが予想外の進化を遂げたある生物と人類の長い戦いの始まりだった。
【みどころ】
『ゴキブリ 海外の反応』といった単語で検索をかけてみると「日本ほどゴキブリを嫌っている国はない」「海外ではゴキブリをペットとして飼っている」「なぜ日本人はゴキブリに対してあんな過剰反応をするのか」という文言がよく見られます。しかし日本人が持つあの黒い害虫への嫌忌が、ゴキブリ駆除に関しては世界でも超一流クラスの技術を持たせたことは疑いないでしょう。事実、日本企業が開発したゴキブリ駆除グッズは世界でも類を見ない高い効果から海外からの賞賛も多いのだとか。
その日本が誇る「ゴキブリ駆除」の技術と、同じく日本のお家芸であるコミック文化とが出会い、どこでどう間違ったのか火星でゴキブリと人類が壮絶なバトルを繰り広げる作品が、今回紹介する『テラフォーマーズ』です。しかし、そのスリリングな物語とバトルの凄まじさが支持され、2013年版『このマンガがすごい!』オトコ編で1位、『全国書店員が選んだおすすめコミック2013』で2位を獲得。2014年にはアニメ化もされた超人気作品ですが、正直、筆者は数年前に本作の内容を知った時、「ああ。日本の漫画って本当にまだまだ想像力の可能性に満ちているんだな」と思ったものです。
舞台は西暦2599年。作中でのゴキブリは過酷な火星の環境にも見事適応し、超マッチョな人間に近い生命体に進化を成し遂げています。しかも人間をはるかに上回る高戦闘力・高生命力を持っており「じょうじょう」と鳴きながら、感情のない目で人間の首を一撃でへし折るなどはわずか1コマでやってのける有様です。日本人の共通認識であるゴキブリへの嫌悪感をここまで増幅して憎々しい敵キャラとして成立させた漫画は、世界中を探しても本作だけと言えるでしょう(たぶん)。
しかし、この有史以来最凶最悪の敵の出現に、人類もただ手をこまねいている訳ではありませんでした。想定外だったゴキブリの進化を憂慮した地球側は、肉体改造手術で昆虫の能力を付与した人類(※たまたま人体改造手術に適応しただけのド素人含む)を、ゴキブリ駆除の戦士として火星に送り込みます。しかし人類側は戦闘のド素人も含まれているだけに戦局は不利であり、一方、ゴキブリにとっては人間こそが自らの居場所を脅かす害虫でした。その結果、人類側は火星で恐るべき敵を相手に生還の望みがほぼないまま、文字通り「明日なき戦い」を繰り広げていくのです。
本作では歴戦の強者だろうがヒロイン属性のかわい子ちゃん(死語)だろうが、敵の前に力及ばなければ等しく1ページでゴキブリの餌食になります。全編通して徹底した弱肉強食の世界観は、萌えやフラグ展開の予定調和に慣れきった読者のチキンハートを震撼させるハードボイルド感に満ちております。同時に人類側のキャラクターが「恋人と同じ病気を患った少年を治すために戦う」「ゴキブリに殺された父親の仇討」「妻の浮気に悩んでいる」など、それぞれの弱さともいえる人間味を漂わせつつ戦い、そして時には死んでいくところが作品の肝ともなっています。「害虫駆除」をスリルとロマンあふれる物語として成立させてしまう日本の漫画文化の奥深さに、今更ながら感心させられる作品です。
【作品データ】
・作者:橘 賢一 (著)、 貴家 悠 (原著)
・出版社:集英社
・刊行状況:11巻まで(以下続刊)