変わりゆくもの、変わらないもの『かぶき伊左』

【あらすじ】
時は幕末。芝居小屋の看板役者・市村伊左衛門(いちむら・いざえもん)は、その若さと才能で歌舞伎界の寵児に上り詰めていく。しかし江戸から明治に移り変わる中で、芝居の形も変化を遂げていき、伊佐衛門や彼を取り巻く人々も時代の波に飲み込まれようとしていた。江戸幕府によって悪所と罵られ蔑まれてきた歌舞伎は新時代の芝居を作れるのか? そして伊左衛門は一人前の役者として大成できるのか?

【みどころ】
去る2013年4月2日、東京・木挽町にある歌舞伎座が約3年ぶりの建て替え工事を経て、5期目の新装となりました。

歌舞伎座といえば明治から続く銀座のシンボルであり、多くの観客に代々愛されてきた歴史ある劇場。その空気感は継承しつつ、バリアフリー設計 や最新デジタル機器など現代的な改善点を導入した新生・歌舞伎座の姿は「古きを活かし新しさも追求する」という姿勢を提示しているようです。

思えば、古くから継承されてきた要素は活かしつつ、時代の変化は柔軟に取り込むのは歌舞伎の真骨頂。その演者である役者もある時は流行の発信 源、ある時は庶民の代弁者として時代を活写した存在でした。『かぶき伊左』(著:紗久楽さわ/エンターブレイン 角川グループパブリッシング)は、幕末という古さと新しさの混在する時代に奮闘する歌舞伎役者・市村伊左衛門と河原崎権四郎を中心に、歌舞伎の世界に生きる人々を描いた作品です。

持ち前の華で客が喜ぶ舞台を追求する伊左衛門に対し、名家の血筋でありながら「大根」と陰口を叩かれる権四郎。名門の重圧に負けず「俺は俺の 芸をする」と新しい歌舞伎の方向性を模索し始める彼の芸は、従来の歌舞伎が持つ華やかさや派手さとは異質の「演技力」を獲得するに至ります。 それは江戸の「大衆娯楽」だった歌舞伎を、明治以降の「伝統芸能」へ脱皮させる契機となっていくのです。

しかし本作は単に歌舞伎の歴史を描いただけの漫画ではありません。物語の鍵を握る謎の少女・おつみと女形・矢之助の因縁などオリジナルの仕掛けも施してあり、飽きさせない趣向を凝らしています。大団円を迎えていますが、激動の時代にそれぞれの芸道を志した二人の役者と、それを取り囲む人々の末裔である21世紀の歌舞伎役者たちの物語はこれから。世代交代、観客の発掘、新作の創造など「伝統芸能」ゆえに抱える課題を新しい舞台でどのように解決していくのか、今後関心が高まるところです。

【作品データ】
・作者:紗久楽さわ
・出版社:エンターブレイン 角川グループパブリッシング
・刊行状況:4巻(完結)