マンガ大賞2011ノミネート『SARU』レビュー

SARU 上 (IKKI COMIX)

■あらすじ
この世界の各所にその存在の痕跡を残す謎の存在“猿”。いたるところで起こる怪奇現象から“猿”の存在に気付いた人間たちは、その復活を阻止するために動き出す。そんな中黒魔術をかけられたことをきっかけに謎の若者・ナムギャルと知り合った奈々。共に“猿”を追うことになった2人が出会ったのは、自らを「孫悟空」と名乗る謎の少女。彼らは“猿”から世界を守ることができるのか。
■みどころ
“世界を救う”というあまりにも壮大すぎるテーマを掲げ、“猿”という謎の存在を軸に世界中の怪奇現象や要人たちの動きを追う、なんともオカルト要素の強すぎるとっつきにくい作品──この『SARU』から受ける印象は正直そんなところだろう。本の装丁、帯のあおり文句、カバーに綴られたあらすじまでもが、そんな印象を強めている。

しかし、この作品を最後まで読み進めた感想は「ああ、少女漫画だったな」である。ずいぶんと壮大な少女漫画ではあるが、この作品の軸はオカルト要素でも世界を救うという大義名分でなく、“日本人の1人の少女の、揺れ動く恋心”なのだと断言したい。

仰々しい装丁や各所での評判の数々を見て、この作品から遠のいている人も決して少なくはないと思う。かくいう私も今回レビューを担当しなければ決して読まない類の作品だった。しかし読んでみた感想は上記のようなもの。実は、作者五十嵐氏の言いたかったことは大変単純明快で、この世界で普通に生活する私たちと同じような一人の少女にそのテーマを託したにすぎない作品なのだ。

つまりみどころは、一人の少女のちいさく不安定な恋心が大きな世界の渦を巻き起こすといった“壮大な少女漫画”であるところ。あまり難しく考えず、奈々に感情移入して恋をしながら必死に生きる少女になりきって読めばよい作品なのではないだろうか。ただ、作中で起こっていることが壮大すぎるため、なかなか感情移入も難しいかもしれないが……。

さらに、絵柄には若干癖があるが、そのクオリティは相当のもの。最近に多いきれいにまとめられただけの絵とは対照的な、芸術性と表現力豊かな描写となっている。特に風景の描写は洗練されており、その画力で描きだされた世界各国の風景には感嘆する。

■受賞予測
一見オカルト要素が強くかなり好みが分かれそうな作品ではあるが、前述の通り根本的なテーマは誰もが共感できるようなもの。その点がどのように評価されるかによって、順位は大きく変動するだろう。

上下巻で完結というボリュームもちょうどよい。アンゴルモワの大王や孫悟空、聖遺物、エクソシストなどあまりにも多くのオカルト要素を詰め込みすぎている感はあるが、それらはこの作品に対するちょっとした味付けにすぎず、軽く読み流す程度で問題ないのではないだろうか。そう考えれば、最大のテーマである奈々の心の動きを追うには上下巻の構成がしっくり来る。他のノミネート作のほとんどが現在も連載中であるなか、既にしっかりと完結しているという強みをどこまで活かせるか。

ただ、“今一番フレッシュなマンガを選考員の投票で決める賞”というマンガ大賞のコンセプトにはあまり当てはまらない。よって大賞を受賞する可能性は低いだろう。

■作品情報
作者: 五十嵐大介
出版社: 小学館
掲載誌: 単行本書き下ろし
既刊数: 上下巻(完結)

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