tedukasyo2014_06

トキワ荘の秘話満載!【特別賞】記念対談「藤子不二雄(A)×永井豪」

ゴルフ仲間だという藤子不二雄(A)氏と永井豪氏は、すでに気心知れた様子で登壇。藤子(A)氏はマイクを手にすると永井の言葉につられて「おめでとうございます!」と自らコメントし、会場を笑いの渦で包んだ。それからトキワ荘の想い出話が始まると、永井も興味津々といった様子でどんどん話が進んでいった。そもそも藤子(A)と藤子・F・不二雄はどうやって手塚と知り合ったのか? その疑問にはこう答えた。「人気マンガ家の手塚先生に、ただファンレターを出すだけでは読んでもらえないと考えました。だから、藤子・F・不二雄氏とともに手塚氏の肖像画(当時は写真など出回っておらず、手塚氏の描く自画像のイラストをお手本にした)を油絵で描いてファンレターとともに送ったんです」。すぐに手塚氏から返事が来て、文通が始まったそうだ。

また、お金の話になると会話はさらにヒートアップした。藤子(A)は、トキワ荘に入る際、3万円の敷金が払えず手塚氏に払ってもらったこと。トキワ荘の若手たち(藤子(A)氏、藤子(F)氏、赤塚不二夫氏、石ノ森章太郎氏)はみな毎月3千円の家賃が工面できず、“テラさん”こと寺田ヒロオ氏にお金を借りていたことなどを楽しげに語った。話し手の永井氏は「僕は『同世代の漫画家をみんなライバルと思え』と編集者に仕込まれたので、トキワ荘の友情がうらやましいですね」と心底羨ましげにコメントした。

売れない期間も決して短くなかったという藤子(A)は、「手塚先生など売れっ子の先生たちは何本も連載を持っていて、締め切り間近になると編集者に拉致されるんです。そうなると他の雑誌は、原稿が落ちることになる。そこでトキワ荘には僕たちのような新人がいっぱいいますから、穴埋めをさせてもらっていました。ギャラも出るし、どんなマンガを描いてもいい。すごく有り難かったですね」と明かす。また、話の中では「赤塚くんはもともとギャグマンガを書きたがっていたけど、当時は誰もギャグを描かせてくれませんでした。でも、埋め合わせ原稿には何を描いてもよかった。そこで書いた作品が人気が出て、ギャグマンガ家としての道を歩み始めたんですよ」と赤塚マンガ誕生秘話まで飛び出した。若い世代からすれば売れっ子のマンガ家にも歴史があると痛感した瞬間だった。

藤子(A)は当時を振り返り、「マンガの戦国時代という感じで大変だったけれど、夢があった」と語る。それは、「お金がなくても毎日楽しかった」という、トキワ荘の想い出にもつながるのだろう。最後に「もっと早く先生に手塚治虫文化賞をお贈りしたかった」と言う永井氏に対し、藤子(A)氏は「前にもらうより、今もらったほうが遥かに嬉しい!」と最後までエネルギッシュな風を吹かせて壇上を後にした。

ファン必聴のマル秘女子トーク【大賞】記念対談「羽海野チカ×ヤマザキマリ」に続く

【関連URL】
・「手塚治虫文化賞」公式サイト
http://www.asahi.com/shimbun/award/tezuka/