蛮勇引力 1 (ジェッツコミックス)

『シグルイ』作者が描く未来形反逆アクション『蛮勇引力』

蛮勇引力 1 (ジェッツコミックス) 【あらすじ】
今より未来の日本国。無尽蔵のエネルギー“神機力”を手に入れた日本は文明を発展させ、神都(首都)に暮らす人々はその恩恵を大いに受けていた。だがその一方で、神機力のシステムに馴染めない人間は職にも就けず、路上で残飯を漁る“浪人”生活を強いられていた。そんな不平等がまかり通る神都へ、一人の青年が降り立つ。彼の名は浪人・由井正雪。異分子を排除しようと神機力テクノロジーの化物が襲いかかるのを、正雪は生身の体で撃退。すべての虐げられた浪人のため、巨大なシステムへの反逆がはじまる……!

【みどころ】
『覚悟のススメ』『シグルイ』で有名な山口貴由だが、本作や『悟空道』は執筆時期的にその中間にあたる。ちょうど連載の場を少年誌から青年誌へ移行する過渡期ということもあり、読んでいると作風の変遷を知ることができて興味ぶかい。

さてストーリー構成は、人間(正雪と仲間たち)vs神機力(首都を牛耳る徳川グループ)の戦いが一貫して描かれている。第三勢力などは登場せず、非常にシンプルなのでテーマがわかりやすい。

作中での神機力はなんでもアリな万能テクノロジーとして描かれ、神都の選ばれた人々がその恩恵にあずかっている。エネルギー源としては無尽蔵かつ環境を汚染しないクリーンな発電が可能、人体にインプラント(埋め込み)すれば通信機能や強力な武器を内蔵できる。一見すると欠点がない技術なのだが、その力に頼りきった人間は本来の優しさを忘れ、役所が“掃除”と称して浪人たちを惨殺するのを見ても何も感じなくなってしまう。この違和感、不自然さが全編にわたって何度も描写されている。

そんな万能技術のカウンターとして描かれた主人公・正雪は言うまでもなく、殴られれば血を流す完全な生身。匠(たくみ)の技を継ぐ職人集団で育てられ、権力に虐げられる弱い者を見ながら強く優しく成長してきた。武器は作中で“時代遅れ”として蔑まれる短刀だが、匠たちが鍛え上げた切れ味はすさまじく、神都を守るサイボーグたちを次々に斬り伏せる。時代遅れの武器をもった生身の人間が、超テクノロジーの化物を倒すという展開はまさに王道。アクション描写に定評ある作者だけに、圧倒的なカタルシスを生み出している。

また、なにげにストーリーも奥が深い。序盤では残忍な独裁者のように描かれていたラスボス・徳川だが、終盤になってさまざまな背景が語られることになる。なぜ人々に神機力テクノロジーをもたらしたかなどは、「そういう事情ならば仕方ないかもな……」と一瞬思わされてしまうほど。結局、主人公はそれでも不自由な人間であることを選択するわけだが、読んでいていろいろ考えさせられる部分が多い。

単行本は全4巻と比較的少なく、ラスト付近で少々ドタバタした印象もあったが、テーマ自体は最後まで一貫しておりブレがない。おそらく語りたいことはすべて語り尽くしたうえでの最終回だったはずだ。アクション・テーマ性・名言といった山口作品のエッセンスは漏れなく含まれているので、以前からのファンなら迷わず買いの一作だ。のちに描かれる『シグルイ』『エクゾスカル零』は若干アンチヒーローの要素を含んでいるため、作者が(今のところ)最後に描いた正統派ヒーローものの漫画という点でも価値は高い。

【作品データ】
・作者:山口貴由
・出版社:白泉社
・刊行状況:全4巻(完結)

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