ホテルには魔法使いがいる!?極上の“おもてなし”物語『コンシェルジュ』

舞台は就職氷河期だった頃の日本。どうにか都内のホテルに就職できた川口 涼子は、宿泊客のさまざまな要望に応える「コンシェルジュ」部門に配属された。次から次へと舞い込む仕事に頭を抱える涼子だが、上司の最上 拝(もがみ はい)はどんな難題も見事に解決して彼女を驚かせる。それもそのはず、最上はニューヨークの一流ホテルで活躍した経歴があり「グレート・ハイ」とも呼ばれる凄腕コンシェルジュだったのだ……!

こんな感じで始まる本作は、未熟な主人公が少しずつ体当たりで接客を経験しながら、真心のサービスとは何かを学んで成長していく姿が描かれている。

まず驚かされるのは、ホテルのコンシェルジュという特殊な職種の仕事内容だろう。中堅ランク以上のホテルとなれば、いろいろなタイプの宿泊客が訪れ、多種多様な要望を出してくる。旅券の手配、近場でおいしいお店を教えてほしい、行方のわからなくなった知人を探したいなんて要望は序の口。最初から示談金目的でクレームを叩きつけてくる不届き者、客を装って盗みに入ろうとする泥棒、はては人生に絶望してホテル内で自殺しようとする人まで……それらに対して警備やフロントなど他部署とも連携しながら、コンシェルジュが解決にあたることになる。

本作第2の見どころが、涼子の上司でありもうひとりの主人公ともいえるスーパーコンシェルジュ、最上 拝の個性的なキャラクター設定だろう。人柄は温厚そうで、ホテルの備品によく足を引っ掛けて転ぶドジ中年に見えるが、アメリカ勤務時代は政界トップクラスからも頼りにされるほど至高のホテルマンだった男だ。デジタル機器に疎い彼はあらゆる問題解決のヒントが記された「魔法の手帳」を持ち歩き、豊富な知識、探偵顔負けの観察力、トラブルへの柔軟な対処ぶり、なによりサービス業務に対する真摯な姿勢が、無茶にも思えた客の悩みを完璧以上に解きほぐしていく。決めゼリフともいえる「お客様のご要望とあらば」を発して最上が動き出したとき、お客さんと同僚、そして私たち読者は“コンシェルジュの魔法”を目撃することになる。

中盤からはさらに見どころが加わり、涼子が最上のもとで経験を積んで、独り立ちできるほどのコンシェルジュに成長するのがおもしろい。人脈と経験値では偉大なる上司におよばない彼女だが、失敗を恐れない積極的な姿勢と、本気で客によりそう真心は、ときおり最上すら驚かせるほどの成果を見せる。ダブル主人公を採用したことによる物語の深みを存分に楽しめるだろう。

昨今、ビジネス業界では「◯◯することは相手に失礼です」「◯◯の場面では◯◯の言葉を使いましょう」といった謎マナーが横行していて、よくテレビやSNSで話題になる。しかし大切なのはうわべだけの行動ではなく「サービス業の本質を理解できているか」「打算を抜きで正面からお客様と向き合えるか」だということを、この作品は豊富なエピソードを使って教えてくれる。

深いストーリーと魅力的なキャラクターたちで純粋にお仕事エンタメとして楽しめるほか、社会経験がある読者なら自分の仕事姿勢を見つめ直すきっかけにもなる、そんな二重三重にもおいしい傑作だと自信をもってオススメしたい。

【作品データ】
・原作:いしぜきひでゆき 作画:藤栄道彦
・出版社:新潮社
・刊行状況:全21巻