ファンタジーSF『形而上のマリア』で不思議世界へトリップ!

駆け出し小説家の佐原晴彦は、恋人・真理子と新しい家に引っ越してきた。初めての小説が本になったお祝いにと、郊外の森の中にあるロッジのような家に住むことになる。その近くで出会ったマリアという15歳の少女は、まだろくに売れてもいない佐原を「先生」と呼び、学校の教科書に載っている作品や全集を見たとか、ありもしないことを言い出すが──?

不思議な始まりの表題作『形而上のマリア』は、タイムトリップ系のSF恋愛譚だ。マリアは100年後の未来から来たと言い、未来を変えるような「事故」さえ起こさなければ大丈夫だと話す。しかし、マリアの言うことを信じられない晴彦は、先の見えない小説家生活を考えて「先生」と呼ばれることを嫌い、冷たく当たってしまう。

『形而下のマリア』は、前作のマリアが過去へ旅するきっかけになった出来事を描いている。晴彦の履歴を調べ、父の出張についていく形で1年ごとに晴彦に出会うのだが……。この2作品はうまくリンクしていて、2年も時間差を置いて描かれたとは思えない引力がある。真理子の秘密も表題作の最後に明かされ、見事なハッピーエンドにホッとするだろう。

『桜迷図』はSFというよりファンタジーに寄った作品で、夢と現実の曖昧さがうまい味を出している。『×2!(DOUBLE!)』では再びSFに戻り、クローン技術で複製された少女が主人公になっているが、ここでも奥深い伏線が見て取れるので、じっくり読み進めていただきたい。

4つの短編でできたファンタジーSFの少女漫画だが、設定が生きていて伏線の張り方もうまく、きちんと回収されているので読後感も良いのがいい。主人公の少女だけではなく、その恋人になる青年も魅力的で生き生きしている。恋愛漫画の理想形でありながらも、決してありきたりではないところが、本作が長く愛されている所以なのだろう。

現代のトンデモ設定より、SFやファンタジーの要素を使って、通常はできない展開を可能にした作品は、きっと心に優しく触れることと思う。しかし、舞台は変わっても男女の恋愛観は不動で、そこにもまた味わい深いものを感じるだろう。夢のようなときめきやワクワクを味わいたい読者には、ぜひオススメしたい短編集だ。

【作品データ】

・作者:遠野一実
・出版社: オフィス漫
・刊行状況:全1巻