ヨーロピアンファンタジー『神の槍』で3つの幻想世界へ!

はるか昔、9世紀末のノルウェーに「神の槍(アースゲイル)」と名付けられた少女がいた。統一君主を持たなかったこの国は平和に生きてきた。征服王ハラルドが現れるまでは……。「夏鳥」と呼ばれるヴァイキングが、ある日祝宴を襲う。その日、政略結婚で妻になるはずだったアースゲイルは剣をとり、勇敢にヴァイキングの長と戦うが──?!

こんなドキドキの展開から始まる表題作『神の槍』を含め、3つの物語が収録された短編集だ。

ハラルド王に恨みを持つヴァイキングたちの首領・レイヴは、気絶させたアースゲイルを気まぐれに船に乗せる。目が覚めたアースゲイルは、初めて海に出た喜びを神に祈り、自分の母方の親族を戦争で殺したハラルド王への復讐に手を貸して欲しいとレイヴに頼む。真の「神の槍」が海からよみがえり、王の胸を貫いたかに見えたが、剣帯が防ぐという強運を見せたハラルド王は、アースゲイルに「憎しみを恐れては覇者になれぬ」という言葉を残して去っていった。

『薔薇の柩』では、有名な画家ミュシャが、若かりし頃のサラ・ベルナールを巡る恋愛譚をジェラールという男に聞かされる物語だ。舞台は数十年前のパリ、小悪党だったジェラールとサラの純愛が描かれている。後にそこから着想を得て、ミュシャがサラのポスターを描き上げたという有名な実話の空想の裏舞台のようだ。ロマン溢れるサラの魅力は筆舌に尽くしがたい。

最後の『聖アントワーヌの呪縛』は、ドイツとフランスを行き来する。別居中の両親の間を一ヶ月ごとに行き来するヴォルフラムは、父の城に向かう途中で隻眼の魔術師と出会った。その男・アントワーヌは奇っ怪なものが好きな父に取り入り、その人生を狂わせていく。ヴォルフラムは大人になってようやくアントワーヌを葬ることに成功するが、父は狂わされたままに死んだ。その思い出は誰にも打ち明けず、墓場まで持っていくというエピソードだ。

どの作品もヨーロッパが舞台で、衣装が華やかで見ごたえがある。美しい男女が登場し、愛や嫉妬にかられるさまは、まるで文学作品のようにも感じられる。史実にのっとった部分もあり、現実とファンタジーとの境目が曖昧なのが魅力だろう。少女漫画でありながら、男性主人公の苦悩を描いた部分も新鮮だ。

平凡とは一線を画した物語は、多くの読者の心を惹き付けるだろう。愛と戦い、情と呪縛など、テーマはハードめだが、絵のタッチが古風な少女漫画であるため、落ち着いた雰囲気になっている。ドロドロとまではいかないが、人間の心模様を描いた作品を好むなら、ぜひ一読して欲しい。

【作品データ】

・作者:あずみ椋
・出版社: ビーグリー
・刊行状況:全1巻