10年前に、幾万もの隕石の雨によって姿を消した幻の国・ヴァンシャ。そこは独自の高い叡智と技術力を持ち、厳然と孤高を貫いていた神秘の都だった。地上からも空からも近付けないような奥地にあった、隠された秘密の超文明都市。ヴァンシャ人は皆、美しいオッドアイを持っている。そんな彼らは、外界の人々からは畏怖や羨望を込めて、「天人」や「神人」とも呼ばれていた。これは、そんな人々の哀しみと夢を描いた作品集だ──。
冒頭はヴァンシャが消滅してから10年後、草木1本さえ残らなかった瓦礫の中に奇跡的な物体が見つかった近未来から物語は始まる。つなぎ目も計器もないモノリスが、どうやらコールドスリープ装置だとわかり、その遺産を開こうとする若く有能な学者・ラリュウ。中から現れたのは、なんとヴァンシャの姫君だった。もともと持っている高い言語能力で、間もなく外界の人間の言葉を理解し始める。そして姫君は思い出してしまった。自分がコールドスリープに入れられた理由や、その後ヴァンシャがどうなったのか、そもそも何故そうなってしまったのかも……。
また、別の側面では大学生のショータが、偶然ヴァンシャ人と出会う。一度国を出れば二度と戻れないはずのヴァンシャ人が、何故外界に?美しい空気や食べ物の中でしか生きられないヴァンシャ人たちは、外界の雨にさえ体調を崩す。そうまでしてようやく見つけた少女が憎んだ兄もまた、間もなく命が尽きるところだった。やがて兄は絶命し、彼女はそのつもりはないのに、どうしてもショータの元に戻ってきてしまう。愛し合った二人はヴァンシャに似た美しい環境の島に移り住み、まるで彼女の死んだ兄の生き写しのような子を授かった。成長した息子は、自分がヴァンシャの血を引くとは知らず、もっと都会に出てみたいと言うようになる。
好奇心が旺盛なのはヴァンシャの異端の証なのか、その後に、物語としては初期のヴァンシャの国の中を描いた『楽園の戯画』が始まる。「アルジュナ」と「シノーン」の2つの章にわかれ、かつての栄光の国・ヴァンシャと、しかしこのままでは種が途絶えてしまう危険があると、外界に開こうとする王太子の姿が描かれる。歳が2つしか違わないせいか、国王の息子のアルジュナと、才ある叔父のシノーンは、幼い頃から仲が良かった。決してアルジュナには背かないと約束し、王位になどまったく興味がないはずだったシノーンは、好奇心旺盛過ぎるアルジュナが外界の女性を国境付近で倒れているのを救ってしまったがために、次第に外に開いていくことを危惧する。そして決定的な二人の決別の時が──!?
見た目だけではなく、あまりにも美しく純粋な心を持つヴァンシャ人に、外界の人間の汚さを思い知らされる。人を騙したり殺し合ったりはしない彼らが、どうしてもそうすることになった時、そこには哀しいまでの深い愛という理由があるのだ。儚い命、愛、友情。それでもヴァンシャ人が外界と接した時に生まれる夢は、儚さの中に永遠を秘めていると言える。涙や苦しみも含めて、だが。
本作は、時系列で言うならば後ろから物語が進むが、あえて先に滅んだことを知った上で遡って辿ることで、リアルな世界観が見えてくる。少女漫画特有のファンタジックな世界でありながら、どうしても引き込まれずにはいられないキャラクターの心情を見つめて欲しい。決して純粋とは言えない人間の生き方を問われる気持ちが芽生えた時、そこにまたヴァンシャ人の美しい心も宿るはずだ。
【作品データ】
・作者:篠原正美
・出版社:ビーグリー
・刊行状況:全1巻