日本が世界に誇る食文化の一つ、寿司。誰もが親しんできた食べ物だけに『将太の寿司』をはじめ、これまでさまざまな漫画の題材になってきた。今回はそんな中でコミックス刊行数が95巻(2018年11月現在)に達し、発行部数は1500万部突破、須賀健太さん主演のドラマも放送中の人気作『江戸前の旬』を紹介したい。
主人公は、銀座に店を構える「柳寿司」の三代目・柳葉 旬。先代の父から江戸前寿司の技術、なにより「お客様の笑顔のために握る」という心を深く受け継ぎ、職人として目覚ましい成長を遂げている好青年だ。そんな彼のまわりにはたくさんの常連客や職人仲間が集まり、また同時に困っている人も訪れず。旬がそうした一人ひとりと真剣に向き合い、助けたり教えられたりしながら、自分なりの寿司道を極めていく姿を丁寧に描いている。
寿司職人である父の後を継ぐ若者といえば、やはり『将太の寿司』を思い出す人も多いだろうが、『江戸前の旬』は以下のように、いくつかの点で『将太』と大きな違いがある。
- あくまで伝統的な江戸前寿司をベースとしており、現実離れした技法などは登場しない
- 主人公は素人ではなく、連載スタート時にもう職人としての腕前を身につけている
- 父親が超えられない壁として常にそばにいて、修行環境に恵まれている
- 切磋琢磨するライバルはいるが、倒すべき明確な敵(悪役)はいない
- 寿司コンテンストなどの勝負要素はあるが、短編エピソードとしてすぐ消化される
- 寿司ネタやシャリ、薬味などに関する専門知識の量がケタ違いに多い
青年誌での連載だけあって、全体的にリアリティ重視な作風ということだ。
ストーリーは1話完結形式がメインで、たまに数話にまたがるエピソードもある。柳寿司を訪れるお客さんの悩みを「寿司」によって解決する話が最も多く、ほかには旬が職人としての新しい技術を会得する話、先人たちから職人の心を学ぶ話、旅に出て江戸前以外の寿司を学ぶ話、珍しい魚介を寿司ネタにするための試行錯誤など、とてもバリエーションが豊富で飽きが来ない。
また、『美味しんぼ』と同じように作中できっちり時間の流れが描かれているのも特徴。最初は父の背中を追いかける若手職人だった旬が、修行を重ねて成長し、自分なりの寿司スタイルを発見し、引退する父から店を受け継ぎ、結婚し、子供が生まれ……といったイベントが楽しめるのは、長編シリーズならではだろう。
主人公をはじめ全キャラクターに「根っからの悪人」はおらず、どんなエピソードも必ず人情いっぱいの大団円を迎えるため、万人に安心してオススメできる良作である。特に、寿司漫画が好きな人、ドラマで興味を持った人はぜひ手にとってみて欲しい。
【作品データ】
・原作:九十九森 作画:さとう輝
・出版社:日本文芸社
・刊行状況:95巻まで(続刊)