幼い頃に両親を失くしたリラは、1年ほど言葉を発することさえできなかった。5年経った今でもうまく自分の気持ちを伝えられず、育ててくれている祖父母にも申し訳なさしかない。身内に感謝の言葉すら言えないリラだったが、勇気を出してコンビニのアルバイトをすることを決意し、偽名を使って嘘の履歴書で採用された。
「山田花子」という偽名を使っている時だけ別人を演じられるせいか、きちんと笑って話すことができる。しかしある日、偶然の出来事からコンビニ仲間に中学時代の卒業アルバムを見られてしまい……?!
本当は高校中退で16歳のリラ。採用後すぐに、思わぬことからリラの事情を知ることとなったコンビニの店長は、それでもリラが偽名で働くのを許可してくれた。40歳をまわったオジサンだが、優しくて気が利く人だ。次第に店長はリラにとって唯一の相談相手となっていく。少女漫画にオジサンがメインキャラクターとして配置されているが、脱力系・癒し系の雰囲気のせいか、作品を柔らかくするのに一役買っている。冒頭から「オヤジズム」満載だ。
「山田花子」を好きになったコンビニ仲間の鶴谷に告白されたリラは、勇気を出して「友達から」のお付き合いをするようになるが、感情の表し方がわからない。鶴谷にも怪しまれるが、「山田花子」を脱いだ本当のリラはほとんど言葉が話せなくなり、何も伝えられないもどかしさでさらに苦しみは増すばかり。見ていると痛々しく、こちらまで辛く哀しい気持ちになってしまう。
ある日、リラの祖父とコンビニの店長が墓地で偶然出会う。そこで交わされるお互いの過去の話。オジサンとおじいさんという絵面だが、もともと柔らかいタッチの絵柄であるため、暑苦しさや野暮ったさはなく、むしろ話される内容も含めて神聖なものにすら見えるのでここは必見だ。リラが何故そこまでに思い詰めるに至ったのかがよくわかる。子供は純粋すぎて、時に残酷だ。しかしやはり人一倍傷付きやすく、両親を亡くしてから今まで、まだ一度もリラが泣いているのを見たことがないという祖母の言葉にも説得力がある。
幼い頃のちょっとした口喧嘩の後に大切な両親を失ってしまったがために、すべては自分が悪いのだと考えるようになってしまうのは、きっとリラだけが特殊なわけではないと思う。自分のせいで他人が不幸になる、自分のせいで誰かが傷付く、自分のせいで大切なものが失われる──。誰に「そんなことないよ」と言われても、自分が受け入れられなければ幸福にはなれない。それでもわかってくれる人はいるし、人間は温かいものだと気付かせてくれる側面が本作品にはあって胸に刺さる。
もちろん失ったものは戻らないし、何もかもが大団円とまではいかないリアルも描かれていて、少女漫画特有のご都合主義があまりないのも好感が持てる要因のひとつだ。世の中には幸も不幸も平等にある。そのどちらをより多く感じられるかは、自身の気持ち次第なのだと感じさせられる物語だ。自分に自信が持てなくなった時に読んでみると、新しく発見できるものがあるかも知れない。
【作品データ】
・作者:平田京子
・出版社:ソルマーレ編集部
・刊行状況:全1巻