『夜見の国から~残虐村綺譚~』は実話がモチーフ?人は愛で狂気に走るのか?!

時は戦時中、小さな集落ならではの「誰もが誰もの何でもを知っている」という暮らしに嫌気が差していた都居睦男は、好きな女性から「この村を出ていこう」と涙ながらに訴えられる。これまでろくな人生ではなかったと思っていた睦男は、自分はこの時のために生きてきたのだと思うほどに喜び、翌日の逢瀬を今か今かと待っていた。しかし、待てど暮らせど彼女は現れない。しびれを切らして家に行くと、母親が「あの子は2日前に嫁に出した」と──?!

太平洋戦争中に起こった「津山事件」をご存知だろうか? 岡山県の小さな集落で、1人の男がわずか2時間足らずのうちに30人近くを殺したという猟奇的な事件だ。かの横溝正史が『八つ墓村』のモチーフにしたとも言われるほど有名で、本作では漢字こそ違えど、主人公の名前まで同じに設定されている。

主人公の睦男は不思議な現象に見舞われて「男になる」が、小さな集落でありまた戦時中ともあって、性的には非常に乱れている。好きな女性とはできない行為を、多くの女と繰り返すが、やがて睦男は肺病であることがわかり、周囲の態度は手のひらを返すように冷たくなった。

わけもなくいじめられる様はただただむごく、昭和初期の鬱屈した日本が垣間見えるようだ。そんな中、唯一心を寄せていた女性から突然駆け落ちの誘いのようなものを受け、睦男は幸福に包まれる。しかし、その幸福もつかの間しか続かなかった。

「エログロ」ではあるものの、直接的な描写はそう多くない。まぁ、内臓が飛び出したり、両手両足が切断されたりはしているが、なぜか出血量が少ないため、あまり恐怖感がないのだ。実話をモチーフにしているとは言え、犯人は結局自殺しているので、真相はわからないままの津山事件。そのため、睦男が「大きなことをする」に至った理由はいたってシンプルになっている。好きな女性との駆け落ちが叶わず絶望したため、と言うと、なんだか「純愛」っぽくはないだろうか?ジャンル分けするとすれば、ホラー・ファンタジーとも言える。

睦男の壊れ方が徐々になのか、「あの日」を境に突然、なのかは意見が分かれるところだろう。しかし、無意味に大量殺人に走ったわけではないことは見て取れる。人間の持つ心の闇に、幾重にも問題が重なっていくと、睦男のようになってしまうのかも知れない。愛が睦男に狂気を与えたのなら、見方を変えれば本作は「恋愛モノ」になると言えるだろう。「黄泉の国」は「夜見の国」とも書くという。いずれまた、睦男は産まれてくるのだろうか。その時こそ幸福があれば良いのだが……。

【作品データ】
・作者:池辺かつみ
・出版社:日本文芸社
・刊行状況:全2巻