もはや他人事ではない!?『酔うと化け物になる父がつらい』と同じことは誰にでも起こる!

【あらすじ】
ほぼ常に酔っ払っている状態の父親、それから逃げるように新興宗教にハマっている母親……そんな家庭に生まれた主人公は、それが“普通”ではないことに長らく気付けずにいた。酔っぱらうと、普段の物静かな父から別人のように凶暴になってしまう父が怖くて、妹と2階の部屋に逃げているだけの日々。耐えかねた母親はとうとう家出をしてしまうが……?

【みどころ】
芸能界やスポーツ界、その他著名人による覚醒剤の所持や使用に関するニュースを耳にすることが増えたように思う昨今。有名人だけではなく、いわゆる“脱法ドラッグ”が一般人でも簡単に入手できるようになり、それによる交通事故なども多発しているのも現実だ。薬物は依存性が高く、厚生施設などでいくら手を尽くしても、なかなかその呪縛から抜け出すのは難しいと言われているが、それは何も違法である薬物に限った話ではない。

少し前から非常に話題になっている、ノンフィクションコミックエッセイがある。それが『酔うと化け物になる父がつらい』という漫画なのだが、実際に読んでみると想像以上につらい。主人公の家庭には、ほぼ常に酔っ払っていて、自分だけがご機嫌な父親と、新興宗教にハマっていて、朝と夜に長時間すがるように勤行(ごんぎょう)を欠かさない母親がいる。休日には父親の友人が遠慮なく自宅に押しかけるように集まり、酒を飲みながらの麻雀が朝まで続く。たとえ翌日にプールに行く約束をしていても、一度もそれが守られたことはなかった。

父親は、シラフの時は無口でおとなしい小心者なのに、ひとたび酒が入ると別人のように豹変してしまう。しかも目が覚めると何も覚えていないし、平日の昼間は普通に会社にも行っている。幼かった主人公とその妹は、父親に酒が入ったと知ればすぐに2階の子供部屋に逃げ込むことができただけ、実はまだマシだった。母親は笑顔で父親の友人のために酒のつまみを出したり、外で飲んで酔っ払って誰かに連れて帰ってきてもらう度に頭を下げていた。しかしその我慢も限界を超えたのか、とうとう母親は書き置きを残して家出をしてしまう。慌てて探した主人公の説得で、一度は自宅に戻ってきたものの、その後間もなく母親は自殺してしまった……。

一般的な家庭で育った人の感覚で言えば、もしもそんなことになれば「アル中の父親のせいだ!」と怒りをぶつけるのだろうし、それを間違っているとは誰も言えないはずだ。親族などに相談すれば、強制的に父親から酒を奪ったり、病院や施設に連れて行く場合もあるだろう。しかし主人公は、もともとそのような“一般的”とは言えないような家庭で生まれ育ってしまったせいか、「私が母を置いて逃げたからだ」と自分を責めてしまう。母親に辛い思いを一人で背負わせてしまったからだと……。

漫画としてはここまででもまだ第一話でしかなく、アル中の父親を持つ本当のつらさは、母親の死というもの以上にどんどんと増していく。しばらくはさすがに反省したのか、自分からは酒に出さなかった父親も、思いの外“妻の死”からあっさりと立ち直ってしまい、何事もなかったかのように以前のような付き合いや飲酒・泥酔を繰り返す。こちらは単なる読者でありながらも、この父親のバカな浅はかさに、なんて愚かで虚しい人間なのだろうと、腹立たしく感じて怒鳴りつけてやりたい気持ちすら覚える。しかしここで何よりつらいのは、主人公自身が父親をはっきりと責めることができず、むしろ父親を恨んだり憎んだりしてしまうような自分は性格が歪んでいるのだと、何もかもを自分のせいだと思い込んでしまっていることだ。そのため、誰かにSOSを出すという手段も思い浮かばない。

やがて成長するにつれて、主人公は自分の家庭が世間からズレていることに気付き、それなりに恥も感じて“一般的”に振る舞おうとする。しかし、根本的に擦り込まれた家庭環境から来る固定観念を払拭するには既に手遅れで、ただ歪んでいる自分を周囲に悟られまいと、必死で不器用に生きていくことになる。主人公自身は何も悪くはないのに……。そしてとうとう訪れる、当然とも言える父の体調不良。あれだけ飲んでいれば、いずれ身体が壊れるのは想像するに易い。ざまぁ見ろ、と読みながら爽快にすら思ったが、やはりここでも主人公はまだ自分を責め続けていた。悪いのは父に優しくできない自分、他人を許せない自分なのだ、と──。

妹は比較的広い視野を持ち、うまく自分の世界を築いて生きることに成功したようだが、主人公がそうなれなかったのは、長女としての責任感からなのか、それとも生まれ持った性質からか?いずれにせよ、後になってから妹に父親の印象を聞くと、「私はずっと嫌いだったよ」と悪びれずに返せるほどに大人になっていた。それなのに自分はいまだに不幸な呪縛から逃れられずにいる。妹がまともに育ってくれたことだけが救いだが、父親の死後もまだ主人公が自分を責め続けているのは、たった1冊分の長さしかない薄い本を読んでいるだけの読者でもつらい。

ここに、対象物が何であれ、依存症は家族を壊すという、人間のリアルが刺さるつらさを見た。自分が何に依存しようが、それで楽しく生きていけるのなら許せるものもあるだろう。しかし、それで満足するのは本人だけで、本当に苦しむのは家族なのだということを、改めて目の前に突き付けられるような作品だ。心当たりのある人も、まったく無関心だった人も、一度手に取ってみて欲しいと思う。

【作品データ】
・作者:菊池真理子
・出版社:秋田書店
・刊行状況:全1巻